カナダ渡航記

2018年3月1日から2日にかけ、カナダ・オンタリオ州のブロック大学で開催された動物の権利論の大会「Thinking About Animals Conference」に参加してきました。

招待の声をかけてくださったのは『動物・人間・暴虐史』の著者デビッド・ナイバート教授で、氏の編纂した最新刊Animal Oppression and Capitalismに拙論 “Oceans Filled with Agony” が収録されたことから、寄稿者の1人としてパネル討論への参加と個人発表を依頼された次第です。動物擁護に取り組み始めてまだまだ日の浅い私が、同分野の第一線で活躍される方々と席を並べる機会をいただけたことは、畏れ多くも貴重な体験でした。

ブロック大学外観

大会開始前の会場風景


このたびの「Thinking About Animals Conference」は2部構成に分かれ、1日目は「構造的暴力と種を超えた社会正義」という主題で、資本主義が激化させた動物搾取の政治経済分析を行ない、2日目は「抵抗、救助、サンクチュアリ」という主題で、動物搾取に対する抵抗の試みとして動物救助やサンクチュアリの役割を捉え直しました。もっとも、本大会を通し、この両テーマは密接に結び付くものと認識されます。

司会を務めるジョン・ソレンソン教授(『捏造されるエコテロリスト』著者)


私(井上)はナイバート氏の編著に寄稿したテーマに沿って、まぐろ産業に関する報告を行ないました。パネル討論では寄稿論文の内容をもとに、資本主義がいかに動物搾取を推し進めるかを簡単に述べ、個人発表ではやや趣向を変えて、まぐろ漁船の中で搾取される労働者たちの惨状について報告しました。初めは今までにない緊張を覚え、舌がもつれる場面もありましたが、やがて普段通りの調子を取り戻し、幸い、どちらの発表も好評を博すことができました。特にまぐろ漁船での人権侵害の話は、資本主義が生み出した疎外・不平等・構造的暴力の問題と絡み合う内容だったことで、同様のテーマを探究する研究者の方々から好意的な感想をいただきました。

反省点としては質疑が挙げられます。高度な質問を受け、つたない受け答えになってしまったことが悔やまれますので、ここについては次回までに対策が必要であると痛感した次第です。

井上の発表


大会の中で特に論点が集中したのは、動物の多面的な心性でした。これまでの動物の権利論では、往々にして動物たちの《苦しみ》という側面のみが注目され、その一面的な捉え方が却って人々の動物に対する思いやりを育てる上での障壁になってきたが、動物たちの豊かな内面性を知ることは、かれらへの共感を深める重要な契機であり、それこそが資本の論理によって形成された《商品としての動物》観を解体するための認識論的土台になる――と、そのような視点が全体を通して貫かれていたと感じます。

サンクチュアリは搾取的な施設から救出された動物たちを匿う場であると同時に、訪れる人々が素顔の動物たちと出会い、触れ合い、意思疎通する場でもあり、共感にもとづく動物擁護を広め、ひいては制度化された動物搾取に抵抗するための拠点と捉えられます。街頭での啓蒙に取り組む活動家からも、人間と変わらない動物たちの道徳的本質、他者のためでなく自分自身のために生きる動物たちの主体性、商品化される前の動物たちの姿、かけがえのない命の貴重さを前面に出し、人々の共感に訴えることの重要性が唱えられました。動物たちの内面性をめぐる語りは、ともすると知性や人間との類似性にもとづく生命の序列化思想と誤解されるおそれがあるので注意が必要ですが(※1)、身体的苦痛の軽減という一点にのみ注目する従来型の動物擁護の悪傾向を正すためにも、今後さらに深化されるべき部分といえるでしょう。

その他、スウェーデンやアイルランドでは福祉的な装いをまとった畜産業が国家の誇る地場産業として称揚され、愛国主義のイデオロギーと結び付くとの報告(※2)や、畜産業の代替案として注目される培養肉が、資源浪費的で直接の動物搾取を伴い、動物解放には貢献しないとの指摘など、いずれの発表も考えさせられる内容でした。

培養肉の問題について発表するバシレ・スタネスク氏

デビッド・ナイバート教授(『動物・人間・暴虐史』著者)による特別講演

動物解放団体トロント・ピッグ・セーブ代表アニタ・クラージン氏による発表


本大会に参加し、動物の権利論の最新の議論に触れたことは大きな刺激となりました。日本の動物倫理学をこの次元まで引き上げるのは前途多難の作業ですが、今後も優れた学術書の紹介を通して国内における動物擁護の理論的基盤を整え、またそれと同時に、独自の視点にもとづく考察を寄稿や講演の形で世界に広めていきたいと思います。


※1 例えば動物の高度な会話能力について言及すれば、それは知性の高さを基準に一部の動物をひいきにする態度と誤解される。「鯨は頭がいいから守らないといけない、とはおかしな論理だ」という捕鯨擁護派の議論は、そうした誤解の典型例といえる。

※2 そこでは反畜産の主張が「非愛国的」とみなされる。これは太地町のイルカ追い込み猟に反対する主張が「非愛国的」とみなされる現象に酷似する。



ナイバート夫妻と記念撮影

アニタ・クラージン氏と記念撮影

ジョン・ソレンソン教授、アツコ・マツオカ教授と記念撮影

大会終了後の会場風景




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