第2回カナダ渡航記
2019年11月21~22日に、カナダのブロック大学で開催された批判的動物研究の大会「Rethinking Canid-Human Relations Conference」に参加しました。批判的動物研究の創始者に数えられるジョン・ソレンソン教授、アツコ・マツオカ教授による新たな編著、Dog's Best Friend? Rethinking Canid-Human Relationsの発売を記念して開かれた行事です。同書は人間にとって「最良の友」とみなされる犬たちが、現実には人間の支配下で種々様々な利用と暴力にさらされる実態を世界的視野から捉え直し、種を超える社会正義(trans-species social justice)を探究する壮大なプロジェクトです。
大会もこの趣旨に則り、アートにおける犬の生体利用、産業化した犬ぞりレース、捨て犬の排除とスラム住民の排除にみられる連続性、物語に現れる狼表象など、多様な問題が議論されました。と同時に、サンクチュアリでの救済活動や法改正に取り組む活動家たちから、各国の状況改善についての報告もありました。
Dog's Best Friend?
ジョン・ソレンソン教授
私は今回、かねてより温めてきたテーマである補助犬利用について発表しました。補助犬利用の是非は動物擁護派のあいだでも意見の割れる問題です。私の発表は「A Case against Service Dog Use(補助犬利用反対論)」と題し、この動物利用形態が様々な観点からみて弁護不可能であること、動物への見えにくい危害を内包すること、欺瞞に満ちた言説によって美化されていること、あからさまな虐待の温床でもあることを指摘した後、これが単に動物搾取であるだけでなく、バリアフリー社会の確立をめざす上でも逆効果であることを、近年の障害研究の成果をもとに論じました。相当の批判があることを覚悟しましたが、思いのほか好評を得られたとの実感があります。毎度鬼門となる質疑応答も、今回は入念な準備をしたおかげでつつがなく終えられました。この発表内容は近日中に論文の形でジャーナルに投稿する予定です。
井上の発表
他の発表でとりわけ印象に残っているのは特別講演者ピーター・J・リー氏による犬肉食の議論です。氏によれば、犬肉食に対する動物擁護派の批判は多くの誤解を含んでいるとのことです。犬肉食は中国全土の伝統ではなく(犬肉生産は中国における食肉生産のわずか1パーセント)、一部地域で極貧層の人々が行なう違法の犬窃盗を基盤とする活動であり、中国政府は何らの後援もしない、と氏は論じます。とすれば、日本の動物活動家が「中国は野蛮な国だ」「政府が腐っている」などとヘイト混じりの罵倒を繰り返すのは、愚かな差別感情の表明であるとともに、全く見当はずれな行為と断じざるを得ません。さらに犬窃盗を働く貧困者は、最も開発の遅れた地域に暮らす元農家たちで、教育も受けられず、市場競争を生き抜くスキルも持たない人々だといいます。かれらの救済を考えずにただ犬肉食を「野蛮」と責めたところで何も解決しないことを、動物活動家はよく理解する必要があります。動物解放と人間解放は切っても切れないということを明確に示す事例といえるでしょう。
ピーター・J・リー氏の発表
ソレンソン教授から声をかけていただいたことをきっかけに参加したこのたびの大会ですが、前回と同じく大いに啓発されました。一口に犬といっても、これだけ多くの問題系が導き出されるのかと感じ、動物問題の果てしなさを再認識した次第です。と同時に、この大会を通し多様な活動に取り組む人々と出会えたことは貴重な収穫でした。種を超える社会正義のもと、分野を異にする人々が一堂に会した舞台に臨んだことで、さらなる自己研鑽への意志を新たにすることができました。今後は総合的解放の大目標へ向け、みずからが一介の理論家として貢献できるよう、広汎な知識習得と探究活動に邁進していく所存です。
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