培養肉を問う
今年の3月、カナダのブロック大学で開催された動物の権利論の大会に参加した中で、特に私が興味を惹かれたのが、米・マーサー大学コミュニケーション学部教授バシレ・スタネスク(Vasile Stănescu)氏による「技術的再生産の時代における動物たち――『培養』肉の問題(Animals in the Age of Technical Reproduction: The problem with 'in-vitro' meat)」と題した発表だった。動物擁護派の個人や団体も比較的無批判に歓迎している培養肉の開発を批判的に検証した内容ということで、本講演は会場でも大きな反響を呼んでいた。培養肉の倫理性については私自身も懐疑的であったが、具体的な問題点の指摘を聞くのは初めてだったので大いに啓発された。
その後、自分なりに調査をした結果、培養肉にはやはり様々な欠陥があり、脱搾取派、動物擁護派の立場からこの技術に期待を寄せることはできないとの結論に至った。以下ではスタネスク氏の議論を参考にして、独自の調査結果も交えつつ、環境負荷と動物利用の二側面から培養肉の問題を確かめ、肉食文化にのっとる技術的修正が動物搾取の抹消ないし縮小に繫がる見込みは薄い旨を論じたい。
1.あちらを立てればこちらが立たず――培養肉の環境負荷
培養肉は畜産業が抱える環境負荷の問題を解決すると謳う。周知のように、畜産業は地球温暖化や森林伐採、生物多様性喪失の最大原因をなす上、淡水枯渇、水質汚染、土壌侵食といった深刻な環境問題を引き起こし、さらには耕作可能地を動物飼料の栽培に浪費することで飢餓、貧困、食料不足を生む(*1)。しかし培養肉は従来の食肉生産に比べ、最大でエネルギー利用の45パーセント、土地利用の99パーセント、水利用の96パーセント、温室効果ガス排出の96パーセントを削減できると試算され、上に挙げた問題群の解決に貢献しうるといわれてきた(*2)。
しかしながら、より近年の研究によると、初期の試算は楽観的過ぎた疑いがある。なるほど培養肉の生産は必要な土地面積こそ小さいものの、エネルギーと資源の消費は工場式畜産よりも大きくなると見込まれる。
培養肉を育てるには、動物の成長に必要な過程を人工的に再現しなければならない。すなわち、動物は筋肉と脂肪を蓄える上で、食物を摂取し、栄養と酸素を体に循環させ、適切な体温を維持する必要があるが、培養肉はこれら全てを化石燃料の力で行なう。さらに、培養される組織は生きた動物と違って免疫系を具えていないので、病原体汚染を防ぐためには徹底した衛生管理が必要となり、水の煮沸や化学物質の使用による滅菌処理で莫大なエネルギーを消費する(*3)。細胞培養は「現代生物学の中で最も費用と資源を必要とする技術の一つ」であるとすらいわれる(*4)。
元来、細胞培養や組織培養は、水・原料・エネルギーの消費が非効率に大きい技術として知られ、これまでは科学研究や医学研究といった限られた分野でしか使われてこなかった(*5)。もしもこれを現代の食肉生産に応用するとなれば、培養液の精製から細胞培養に至る従来の工程に加え、肉質を向上させる「エクササイズ」のような商品加工も必要となり、直接エネルギー投資はさらに増す。新しい試算では、そのエネルギー消費――すなわち化石燃料の使用――は、鶏肉や豚肉の生産はおろか、食肉生産の中でも特にエネルギー浪費が激しい牛肉生産と比べてすら、増える可能性があるという(*6)。畜産業が培養肉生産にシフトして土地利用が減ったとしても、エネルギー消費の大幅増によって地球温暖化などはむしろ加速し、環境負荷の軽減は相殺されかねない。
2.不殺生の幻想――培養肉の犠牲者たち
化石燃料の使用をはじめとする資源浪費はそれ自体、環境破壊によって動物たちを苦しめるが、培養肉の生産はより直接的な動物搾取と関わる。組織培養はドナーの動物から一部の細胞を採取するだけなので屠殺を伴わないと思われがちであるが、ことはそう単純には運ばない。
第一に、細胞や組織は永遠に増殖を繰り返すわけではないので、大量の培養肉を継続的に生産しようと思えば、結局は細胞の供給源である動物を囲うこととなりかねない。培養肉バーガーを開発したオランダ・マーストリヒト大学のマーク・ポスト教授は、一定数のドナー動物を細胞採取のために囲う未来を思い描き、最も効率的な生産法ではやはり動物を屠殺することになるだろうと語る(*7)。実際、食肉業界からすれば、細胞採取のためだけに動物を生涯飼育するよりも、若い動物を細胞採取に用い、その動物がある程度の年齢に達したら屠殺に回す形式の方が合理的に思えるだろう。幹細胞の減った老齢の動物に飼料と水を与え続けるのは、業界にとっては余計な負担でしかない。
第二に、培地の問題がある。現在、細胞培養に使われる一般的な成長培地は、牛の胎児から採取した血清、ウシ胎児血清(FBS)を含む。乳用牛は生涯の中でたび重なる妊娠を強いられ、しばしば子を身ごもった状態で屠殺場に運ばれて来る。屠殺時におけるその妊娠率は17~31パーセントにもなる。この牛たちが屠殺、放血された後、胎児は摘出されて採血室へ連れて行かれ、生きたまま心臓に針を刺されて死ぬまで血を抜き取られる(約5分。そのあいだ胎児を生かしておくのは血液凝固を防ぐため)。こうして得られた血が精製されてFBSになる(*8)。FBSに含まれる成長因子はあらゆる細胞培養に使える多機能的な物質であり、これに比肩する培地はほとんど開発されていない。
1頭の胎児から得られる血清はごくわずかで、3カ月の胎児で150ミリリットル、6カ月で350ミリリットル、9カ月で550ミリリットルとされる。現在、世界では年間50万リットルを超える血清が採取されているが、その犠牲となる胎児の数は1000万頭とも2000万頭ともいわれる(*9)。今後、培養肉の開発と生産にFBSが大量使用されることとなれば、その需要は現在とは比べ物にならない規模に膨れ上がるとみて間違いないだろう(おそらく、屠殺場へ出荷する牛をあらかじめ妊娠させることが制度化されるのではないか)。
FBSは高価である上に動物の犠牲を伴うので、中にはこれに代わる培地を開発している研究者らもいる。しかし例えば、日本のベンチャー企業インテグリカルチャーの研究者らが開発したという代替品(*10)も、酵母由来のものはともかく卵黄由来のものは動物搾取の産物であることに変わりはない。動物不使用の培地をいかに効率よく精製するかはいまだ大きな課題である(*11)。
最後に、培養肉は開発段階で動物を利用する。マーストリヒト大学のポスト教授は初期の研究で、生きた豚から採取した幹細胞を馬の血清で培養した(*12)。2002年にはNASAの後援を受けた研究者らが、魚の切り身をつくる実験のために金魚を殺して筋繊維を採取した(*13)。インテグリカルチャーの研究者は、鶏肉培養のために「有精卵を入手して、孵化装置を使って途中まで孵化させて、あるタイミングで卵を割り、そこから『筋芽細胞』という筋肉のもとになる細胞を手に入れ」たと語る(*14)。さらに今後、培養肉が商品化されるとなれば、動物を使った安全性試験も多数行なわれると予想される。こうした開発に伴う犠牲は、より良い(はずの)未来へ至るための、ささやかな踏み石として容認されなければならないのだろうか。動物の犠牲をなくすために動物を犠牲にしなければならないとしたら、何とも皮肉な話である。
3.真の解決から遠ざかる技術的修正に抗して
以上のことから、培養肉は環境破壊と動物搾取の解決に資するよりも、むしろ新たな倫理上の課題を私たちに突き付けるものと危惧される。人によっては、それでも培養肉の登場によって従来の動物性食品に代わる食の選択肢が増え、畜産物の世界消費は減少に向かうのではないかと考えるかもしれないが、重要なのは食の選択肢を増やすことではない。既に肉・乳・卵に代わるビーガン食品は充分に開発されており、中には肉食者が口にしても本物の肉製品と区別がつかない代物もある。現在の問題は、明確な形で菜食や脱搾取の普及を図る運動がほとんどみられないこと、そのせいもあってビーガン食品の存在が世間に知られていないこと、そして何より、動物を資源とみる種差別的態度がいまだ決定的な打撃を受けていないことにある。けだし、この種差別的態度に対する徹底的な批判がなされないかぎり、肉食をはじめとする動物搾取の解消は不可能であり、それは「人道的」畜産の限界をみても分かる。動物の福祉に配慮すると謳う「人道的」畜産は、究極の動物虐待ともいうべき工場式畜産に代わる道として、欧米圏の動物擁護団体や消費者団体から大いに奨励されたが、その普及によって肉食産業は縮小するどころかむしろ拡大した。所詮、肉食文化にのっとる見かけ上の代替案が動物搾取をなくせる道理はなかったということである。資本主義は現行の生産法に問題が見つかった際には、根本に迫る解決ではなく表面上の技術的修正を図り、それを新たな収益源とする。工場式畜産が動物を苦しめ環境を損なうとなったら、肉食の廃絶へ向かうのではなく、「人道的」で「クリーン」な畜産を構築する。それでも畜産の問題が解決できないとなったら、今度は培養肉すなわち「クリーンミート」を開発する。ちょうど地球温暖化の進行を前に、温室効果ガスの排出削減ではなくジオエンジニアリングの研究に努める富裕国の態度と、これは何ら変わらない。
皮肉なのは、多数の脱搾取派や動物擁護派の人々が、バイオテクノロジーの産物である培養肉を肉食問題の打開策として歓迎していることである。科学技術が世界に明るい未来をもたらすという、この無邪気で無根拠な科学万能主義こそが、現代の自然と動物を前代未聞の惨状に陥れた唯一ではないまでも大きな元凶であり、特にバイオテクノロジーは科学技術の先頭を切って、クローニング、遺伝子改変、動物のサイボーグ化など、今まで人類史上の何者もなしえなかった生命の愚弄と蹂躙を可能としてきた。そしてそれらの開発は全て、人類の幸福に資するという約束のもとに進められた。しかしその結果は、動物たちの底なしの苦しみを生んだのみで、人類にも世界にも幸福は訪れていない。にもかかわらず、子牛の血を啜る資源浪費的な培養肉が、今度こそ世界に光明をもたらすという説を、どうしてすんなりと信じることができようか。誕生以来、総じて生命を抑圧する方向にばかり成長してきた近代科学の思想と実践を振り返ることなく、ただ与えられた新技術の発明品を無批判にありがたがる態度は、楽観的に過ぎるというものだろう。
文化の問題、正義の問題は、究極的には科学が解決できるものではない(*15)。技術的修正は危うい楽観と心地よい幻想を人々に植え付け、社会変革の歩みを問題の本質からますます遠ざける。私たちにいま必要なのは、バイオテクノロジーとの結託ではなく、ましてハイテク技術の奇怪な申し子である幻想の「解決」でもなく、動物身体の飽くなき商品化を推し進める種差別的経済体制そのものへの抵抗である。
*1 例えばデビッド・A・ナイバート/拙訳『動物・人間・暴虐史― "飼い貶し"の大罪、世界紛争と資本主義』(新評論、2016年)参照。より詳しくはHenning Steinfeld, Pierre Gerber, Tom Wassenaar, Vincent Castel, Mauricio Rosales, Cees de Haan, Livestock's Long Shadow: Environmental Issues and Options, Rome: Food and Agriculture Organization of the United Nations, 2006を参照。
*2 Hanna L. Tuomisto and M. Joost Teixeira de Mattos, "Environmental Impacts of Cultured Meat Production," Environmental Science & Technology, 2011, 45 (14), pp 6117–6123を参照。
*3 Carolyn Mattick, Amy Landis, and Brad Allenby, " The Problem With Making Meat in a Factory," Slate, http://www.slate.com/articles/technology/future_tense/2015/09/in_vitro_meat_probably_won_t_save_the_planet_yet.html(2018年7月2日アクセス)
*4 Christina Agapakis, "Steak of the Art: The Fatal Flaws of In Vitro Meat," Discover, 2012, http://blogs.discovermagazine.com/crux/2012/04/24/steak-of-the-art-the-fatal-flaws-of-in-vitro-meat/#.WzslteQnb4j(2018年7月3日アクセス)
*5 Peter Alexander, Calum Brown, Almut Arneth, Clare Dias, John Finnigan, Dominic Moran, Mark D.A. Rounsevell, "Could consumption of insects, cultured meat or imitation meat reduce global agricultural land use?" Global Food Security, 2017, 15, pp 22-32.
*6 Carolyn S. Mattick, Amy E. Landis, Braden R. Allenby, and Nicholas J. Genovese, "Anticipatory Life Cycle Analysis of In Vitro Biomass Cultivation for Cultured Meat Production in the United States," Environmental Science & Technology, 2015, 49 (19), pp 11941–11949.
*7 Nick Collins, "Test tube hamburgers to be served this year," The Telegraph, 2012, https://www.telegraph.co.uk/news/science/science-news/9091628/Test-tube-hamburgers-to-be-served-this-year.html(2018年7月4日アクセス)
*8 Nick Thieme, "The Gruesome Truth About Lab-Grown Meat," Slate, http://www.slate.com/articles/health_and_science/science/2017/07/why_is_fetal_cow_blood_used_to_grow_fake_meat.html(2018年7月4日アクセス)
*9 Carlo E. A. Jochems, Jan B.F. van der Valk, Frans R. Stafleu and Vera Baumans, "The use of fetal bovine serum: ethical or scientific problem?" ATLA, 2002, 30(2), pp 219-227.
*10 ティム・ロメロ/堀まどか訳「【日本発!起業家の挑戦】細胞培養肉を手頃な価格で食卓に」SankeiBiz, https://www.sankeibiz.jp/business/news/170829/bsg1708290500002-n1.htm(2018年7月4日アクセス)
*11 Alexander et al. " Could consumption of insects, cultured meat or imitation meat reduce global agricultural land use?" および Christina Agapakis, "Steak of the Art: The Fatal Flaws of In Vitro Meat" を参照。
*12 Nick Collins, "Test tube hamburgers to be served this year."
*13 Wendy Wolfson, "Lab-grown steaks nearing the menu," New Scientist, https://www.newscientist.com/article/dn3208-lab-grown-steaks-nearing-the-menu/(2018年7月4日アクセス)
*14 大嶋絵理奈「肉を自在にデザインできる次世代の『純肉』と、『細胞農業』が描く人類の未来」Openlab, https://bake-openlab.com/2451(2018年7月4日アクセス)
*15 ジョン・リヴィングストンは今から40年以上前にこう述べている。「文化の生みだした問題に技術で答えることは不可能である。人間主義的な思考方法のもつ最悪のものが、人間と自然の概念的二分を生みだし、今なおそのままに放置している。それを改めうるものは、自然哲学の伝統がもつ最良のものである、成熟した叡智と洞察のみである」。ジョン・A・リヴィングストン/日高敏隆+羽田節子訳『破壊の伝統―人間文明の本質を問う』(講談社、1992年、283ページ、一部改変)。
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