生田武志氏に答える【前編】

野宿者支援活動に携わる生田武志氏が、拙著『動物倫理の最前線』(以下、『最前線』)の書評を寄せてくださった。批判点も数多く提示していただいたが、本を書いた者として、こうした議論が起こることは大変喜ばしい。物書きが恐れなければならないのは批判よりも黙殺である。論を交わすことは互いの思想を明確化し、俎上の問題に対する考察を深めることにも役立つだろう。以下、氏の問題提起を受け、私なりの応答を試みたい。

生田氏の書評では一貫して、氏の著作『いのちへの礼儀』(以下、『礼儀』)で示された議論をもとに、拙著の評価が行なわれている。『礼儀』についてはかつて私のほうから書評を寄せたが、あまり長文にするのもいかがなものかと考え、そこではあえて触れなかった論点も多い。しかしこのたび氏が寄せてくださった拙著の書評は、奇しくも『礼儀』の議論を土台としているので、以下の応答では先の『礼儀』書評で掘り下げなかった点にも迫れるだろう。その意味で本稿は、拙著の書評に対する応答であると同時に、生田氏の著作に対する再度の問題提起という性格も併せ持つ。


脱搾取と工場式畜産

批判への応答に先立ち、まずは細かいようであるが、脱搾取(ビーガニズム)に関する記述がやや気になったので、その点をみておこう。第二章の要約で、脱搾取を実践するのは、工場式畜産を批判しながらその産物を食べるのが言行不一致だからだ、とある。続いて(第三章の要約になるが)、個々人が工場式畜産の商品を不買するだけでは動物問題を解決するのに不充分で、個人努力と構造変革の双方が必要だ、ということが述べられている。

しかしながら、脱搾取が工場式畜産への反対だけでなく、狩猟や伝統畜産なども含めた全ての動物利用に反対する立場であるという点は指摘しておかなければならない。脱搾取派(ビーガン)は、たとえストールやバタリーケージを廃したところで、そもそも動物を人間の食用その他の目的で利用すること自体が不正であるとみるからこそ、「福祉に適った」畜産物の買い支えではなく、動物製品の徹底的な不買を選択する。むしろ矛先を向けるのが工場式畜産だけであってはならないという意識が、脱搾取派固有のアイデンティティをなすといってもよい。

要約の中のたった数行にここまで目くじらを立てるのは異様にも思えるだろうが、こんなことをいうのも、昨今、大手のメディア記事などが「ビーガニズム」を極めて歪んだ形で紹介しているからである(*1)。脱搾取派にとっては自分のアイデンティティが外野の者に勝手に書き換えられているような状況であり、耐えがたいストレスに違いない。ここで改めて、ビーガニズムとは利用形態のいかんにかかわらず全ての動物搾取に反対する思想であり実践であることを、当事者の一人として強調しておく。


肉食男根ロゴス中心主義と米食の日本

さて、生田氏がまず指摘しているのは、デリダのいう「肉食男根ロゴス中心主義」が、日本には当てはまらないという点である。日本は元来動物の食用利用が適さない環境であり、肉食禁止令が国策化されたなどの歴史的背景を持つこともあって、「肉食男根ロゴス中心主義」ではなく「米食=ムラ社会=天皇制中心主義」が他者抑圧の原理として機能してきた、というのが『礼儀』でも示された氏の見解である。そして、ゆえに「われわれは、デリダの議論を参考としつつも、『日本ではどうなのか』を考えなくてはならない」と氏は述べる。

『最前線』が日本特有の状況について考察を深めていない、という点は否定しない。なぜなら序論で述べているように、本書は欧米圏で発達したCAS理論の紹介を目的としており、それをもとに私なりの持論を展開することは意図的に差し控えているからである。そもそもCASはおろか、動物倫理のイロハすら正しく理解されていない日本においては、我流の動物論を構想する以前に、膨大な蓄積のある先行理論を概説することのほうが先決であると考えた。人間動物関係に関する日本の議論を見ていて思うのは、「車輪の再発明」が過ぎるということである。日本独自の思想や哲学といったものを考えるのはよいが、それにはまず先人らが築き上げた既存の理論体系を踏まえなくてはならない。本書はそうした学術基盤を整えるための概説書である。とはいえ、先行理論がその発祥地の文化的条件による制約を受けていないか、他文化圏の状況を考えるうえで応用できるのかは重要な問題であり、それについて概説書の著者が検討すべきだという指摘は当たっている。

そこで改めて考えてみると、肉食男根ロゴス中心主義の支配が「日本にはあてはまらない」と言い切ってしまうのは、大きな問題があると思われる。もちろん、デリダは西洋思想の歴史において肉食男根ロゴス中心主義が形成されたという話をしているのであるから、デリダのいうそれが西洋固有の価値体系であることは確かだろう。しかし第一に、日本は近代以降、まさに生田氏がいうところの富国強兵政策を通し、肉食男根ロゴス中心主義を直輸入した。それまでの歴史がどうあれ、少なくとも現代においては、日本でも肉を食べる人間こそが標準とされ、動物を憐れむ者は徹底的に貶められる。脱搾取や動物擁護に対する無数の罵詈雑言がその表われであり、非肉食者の生き方を侮蔑する者には文芸作家から大学教授までが名を連ねる。加えてそのような動物擁護への侮蔑は、共感や感情の行使を女性的なものとしてあざ笑う「有害な男らしさ」と密接に結び付いている。肉食規範・男尊女卑・感情蔑視の三拍子が揃った現代日本の価値体系は肉食男根ロゴス中心主義そのものであり、これを本邦に無縁の西洋的メンタリティと切り捨ててしまうのは、現存する抑圧構造の理解から遠ざかる結果となるように思えてならない。

他方、ほぼ全ての日本在住者が米を食べているであろう現代において、生田氏の論じるような米を中心とする序列構造がなお残存しているのかは、正直なところ疑問である。現在では稗や粟を常食とするほうが難しい。そして米を食べない人(パン食の人など)が米食者より下に見られることもない。米が権力の象徴だった時代は、かつてはあったとしても、もはや終わったのではないだろうか。

次に、歴史的な社会構造として日本に「米食=ムラ社会=天皇制中心主義」とでもいうべきものが存在したのは確かだとしても、それは肉食男根ロゴス中心主義と相容れないものではない。『礼儀』では両者が排他的な対立概念のように扱われているが、天皇制と家父長制の結び付きなどを考えれば分かるように、二つは実のところ並存しうる。してみれば、西洋のものとは異なるにせよ、日本にも肉食男根ロゴス中心主義と共通の精神構造があった可能性は充分探究に値するだろう。

実際、男尊女卑の伝統は日本でも古くから存在し、家父長制は現代に至るまで、時に奴隷制に匹敵するほどの拘束力で女性たちの自由と尊厳を奪ってきた。他方、西洋流のロゴスとは異なるが、儒学・漢学をはじめとする教養は古来、人を測る序列化の装置として機能してきた。そして時の権力者が殺生や肉食を禁じたことは日本の歴史において特記されるべき点ではあるが、その本邦でも動物支配は権力の掌握と密接に関わっていた(*2)。古代の天皇らは狩りを行ない、野生を捕らえるその営みによって権力を体現した。平安期には良馬の所有に価値が置かれ、貢馬や馬芸が王権を象徴する儀礼と化していく。天皇は新嘗祭で神に穀物を捧げる一方、神事として馬を奉納する儀式も執り行なった。神社は神社で古くから狩猟行事や動物供儀を行ない、その伝統は今日の諏訪大社における蛙狩神事などに形を留めている。王朝の貴族らも権力や軍事力を示す行事として騎射や競馬(くらべうま)に興じた。かたや東国の武士は大規模な狩猟を行ない、狩った獲物を食べていた。武士の狩猟は室町期に入って下火になるが、その後も騎射行事の犬追物(いぬおうもの)などは続き、射られた犬は食用になったと推測される。制度化された食用目的の畜産とは異なるにせよ、これらも動物の支配や所有を通して人の位階を高めるという点で、象徴的な生贄行為とみることができる(余談ながら、このような狩猟と権力の結び付きを考えるにつけても、狩猟擁護・反権力という生田氏の立場は持ちこたえられないように思う)。また、殺生や肉食の禁止令にしても、禁欲の実践を通した貴族の「自己卓越化」にほかならなかったという指摘もある(*3)。そしてつまるところ、殺生を戒めるはずの寺院も仏具には牛皮や鹿皮を用い、中世以降は仏教説話でも、業の尽きた動物は食べやるほうがよいというような殺生正当化の論理が唱えられだした。周知の通り、こうした欺瞞は今日の僧侶らが浅薄な感謝を捧げて肉を食べる習慣にまで受け継がれている。かかる文化的土壌があったからこそ、西洋由来の肉食男根ロゴス中心的な思想と営為は、明治以降、驚くほどたやすく日本に浸透したのだと考えられよう。


動物軽視の背景

『最前線』の内容からはやや外れるが、このたびの書評でも、日本における家畜の扱いが酷である原因について、賛同できない仮説が示されているので、ここに私見を述べておきたい。

『礼儀』以来、生田氏が唱えている説によれば、畜産文化圏では愛情を持って育てた動物を殺して食べるという習慣があり、かわいがることと殺すことは同居していた(『礼儀』p.53)。しかし日本には僅かな例外を除いてそのような習慣がなく、肉食は近代に入って突如、産業として導入された。そのせいで家畜は愛しかつ食べる存在ではなく、単なる「食材」と捉えられた。そのような歴史的特異性が、家畜に対する日本特有の酷薄な態度をもたらしているのではないか、というのである(『礼儀』p.165-6)。

この点についてはかつての対談でもやんわり異を唱えたが、もう一度繰り返すと、食用とされる動物への酷薄な態度は元来、畜産文化圏で生まれたものである。つまり、愛情を持って食用の動物を育て殺していたといわれる当の文化圏が、経済合理性のもとに工場式畜産を発達させたのであって、日本はただそれを律儀に輸入したに過ぎない。そもそも畜産文化圏の人間動物関係が「愛しかつ食べる」「かわいがりかつ殺す」と形容できるようなものであったかということ自体、『動物・人間・暴虐史』を読めば疑わしくなるのであるが、いずれにせよ、畜産はもとより動物の「食材」化にほかならず、技術力さえ揃えばいつでも今日のような酷薄きわまる形態へと発達しえたとみるのが妥当と思われる。



<後編へ続く>




*1 「ゆるヴィーガン」なるスラングを定着させた一連の記事などはその典型である。例えば朝日新聞GLOBE+(2021)「ヴィーガン 地球と生き物と私のくらし」https://globe.asahi.com/article/14475507を参照(2022年6月25日アクセス)。

*2 以下、本段落の記述は次の資料にもとづく。中澤克昭(2009a)「歴史のなかの動物たち」中澤克昭編『人と動物の日本史 2 歴史のなかの動物たち』吉川弘文館、p.1-15. 中込律子(2009)「王朝の馬」前掲書、p.16-45. 中澤克昭(2009b)「狩る王の系譜」前掲書、p.46-68.

*3 中澤 2009a、p.4.

ペンと非暴力

翻訳家・井上太一のホームページ

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