異種移植年表

異種移植、すなわち異種動物から人間に臓器を移植する技術は、発想の次元では古代から存在した。神話や伝説の類には動物の身体部位を人間に移植する話が散見される。医療技術としてこれが記録に現れるのは17世紀のことで、盛んに実施されだすのは19世紀後期、およそ1870年代以降である。その後、拒絶反応をはじめとする技術的限界に行き当たって事実上のモラトリアムが敷かれる時代もあったが(1923年からの40年間、および1984年からの8年間)、新たな免疫抑制剤の登場などによってその試みは現在まで生き残ってきた。今日では分子生物学と遺伝子改変技術の進歩により、種の壁を乗り越える見込みが高まってきたことから、臓器不足の克服という建て前のもと、改めてこの技術に関心が寄せられている。

異種移植は人間におよぶ拒絶反応や感染症伝播などのリスク、臨床の場における要望を無視した研究資源の浪費、さらには動物生命の搾取や手段化といった害悪を伴う技術であり、その開発意義と倫理性は多角的に議論される必要がある。以下では異種移植について考える上での一助とすべく、本技術の歴史を年表形式にまとめた。研究者たちの情熱が、人助けを名目に多数の犠牲者を出してきた現実を振り返り、本当にこの技術を開発することが社会の便益向上に必要なのかを、各人が問うていかなければならない。


1501 Baha' al-Dawla〈イラン〉犬の骨を移植

ca 1501 Ala-ul-Din〈アフガニスタン〉犬の骨を移植

1667 Denis〈仏〉子羊から15歳男性へ輸血

        子羊から45歳男性へ輸血

        子牛から34歳男性へ輸血

1667 Lower〈英〉子羊から22歳男性へ輸血

1668 Job van Meeneren〈蘭/露? 〉犬の頭骨を移植


1872 Albini〈伊〉羊から女性へ輸血 (2回)

1874 Hasse〈独〉子羊から輸血31回

    Gradle〈米〉子羊から男性2名へ輸血

1875 Houzé de l'Aulnoit〈仏〉兎の頬を移植(45回)

1893 Williams〈英〉羊から15歳肥満小児へ膵臓断片を移植

1889 Brown-Séquard〈仏〉犬、モルモットの精巣を移植

1905 Princeteau〈仏〉兎の腎臓 (スライス)を小児へ移植(16日で死亡)

1906 Jaboulay〈仏〉豚の腎臓を48歳女性へ移植(3日で死亡)

           山羊の腎臓を50歳女性へ移植(3日で死亡)

1910 Unger〈独〉マカク猿の腎臓を21歳女性へ移植 32時間で死亡)

1913 Schonstadt〈?〉 猿の腎臓を少女へ移植(60 時間で死亡)

1920 to 1951 Voronoff〈仏〉 類人猿の精巣、卵巣を移植(2000回以上)

1923 Neuhof〈米〉 子羊の腎臓を移植(9日で死亡)


1963 Hitchcock〈米〉 ヒヒの腎臓を65歳女性へ移植(4日で死亡)

    Reemtsma〈米〉赤毛猿の腎臓を43歳男性へ移植(63日で死亡)

1964 Reemtsma〈米〉 チンパンジーの腎臓を23歳女性へ移植(9カ月で死亡)

            チンパンジーの腎臓を12名の患者へ移植(63~270日で死亡)

    Starzl〈米〉 ヒヒの腎臓を6名の患者へ移植(19~98日で死亡)

    Hume〈米〉 チンパンジーの腎臓を男性へ移植(1日で死亡)

    Traeger〈仏〉 チンパンジーの腎臓を3名の患者へ移植(49日間以上生存)

    Hardy〈米〉 チンパンジーの心臓を68歳男性へ移植(90分で死亡)

1966 Cortesini〈伊〉 チンパンジーの腎臓を19歳男性へ移植(31日で死亡)

1968 Ross〈英〉 豚の心臓を2名の患者へ移植(即死)

    Cooley〈米〉 羊の心臓を48歳男性へ移植(10分で死亡)

1969 Marion〈仏〉 チンパンジーの心臓を女性へ移植(即死)

    Starzl〈米〉 チンパンジーの肝臓を生後28カ月の小児へ移植(9日で死亡)

    Bertoye & Marion〈仏〉 ヒヒの肝臓を22歳女性へ移植(4カ月以内に死亡)

               ヒヒの肝臓を生後7カ月の小児へ移植(39時間で死亡)

1970 Leger〈仏〉 ヒヒの肝臓を23歳女性へ移植(72時間で死亡)

    Giles & Starzl 〈米〉 チンパンジーの肝臓を生後7カ月の小児へ移植(26時間で死亡)

1971 Pouyet & Brard〈仏〉 ヒヒの肝臓を2名の女性へ移植(2日以上生存)

1974 Starzl〈米〉 チンパンジーの肝臓を小児へ移植(14日で死亡)

1977 Barnard〈南ア〉ヒヒの心臓を25歳女性へ移植(5時間30分で死亡)

             チンパンジーの心臓を60歳男性へ移植(4日で死亡)

1983 Ersek〈米〉豚の皮膚を3名の火傷患者へ移植

1984 Bailey〈米〉 ヒヒの心臓を生後14日の小児へ移(20日で死亡)


1992 Starzl〈米〉 ヒヒの肝臓を35歳男性へ移植(70日で死亡)

    Religa & Czaplicki〈ポーランド〉 豚の心臓を31歳男性へ移植(23時間で死亡)

    Makowka〈米〉 豚の肝臓を26歳女性へ移植(34時間で死亡)

1993 Starzl〈米〉 ヒヒの肝臓を62歳男性へ移植(意識を取り戻さず26日で死亡)

1994 Groth〈典〉豚のランゲルハンス島を10名の糖尿病患者へ移植

    Aebischer〈瑞〉子牛のクロム親和性細胞を85名の患者へ移植

1995 Ildstad〈米〉ヒヒの骨髄を38歳男性へ移植

1996 Baruah Sonapur〈インド〉豚の心臓を32歳男性へ移植(7日で死亡)

    Aebischer〈瑞〉ハムスターの胎児腎臓細胞を6名の筋萎縮性側索硬化症患者へ移植

1997 Deacon〈米〉 豚の神経細胞を12名のパーキンソン病患者へ移植

1999 Vogt〈独〉豚の皮膚を15名の火傷患者へ移植

2000 Baruah〈インド〉 豚から22歳男性へ輸血

2002 Valdes〈メキシコ〉 豚のランゲルハンス島を12名の糖尿病小児へ移植


参考資料

Deschamps J-Y, Roux FA, Saï P, Gouin E. "History of xenotransplantation." Xenotransplantation 12 (2005): 91-109.



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