『捏造されるエコテロリスト』訳者あとがき <抜粋>

8月8日、日米政府による沖縄破壊を喰い止めるべく奔走してきた翁長雄志・沖縄県知事が逝去した。これによって辺野古基地移設ならびに高江ヘリパッド建設を進める政府の動きが加速することを憂慮する。以下では、拙作『捏造されるエコテロリスト』の「訳者あとがき」より、この問題に言及した箇所を抜粋することで、現在までの経緯を簡単に振り返るとともに、ささやかながら日本政府の横暴に対する抗議の意思表明を行ないたい。

地域の自然は、人々の記憶が宿る文化空間であり、野生の動植物にとって唯一無二の生息地である。その景観破壊は有形・無形の文化を通し受け継がれてきた地域民の記憶と紐帯の抹殺、そして山海に暮らす無数の生命の蹂躙に他ならない。人間文化の継承と動植物の安寧を懸け、私たちは引き続き、人権擁護・自然保護・動物解放の垣根を超える総合的正義の視点から、死の権力の企てに対し断固たる抗議の声を上げ続けていかねばならないと、強く確信する。


『捏造されるエコテロリスト』訳者あとがき


本書は国家と企業による社会正義運動の弾圧、その中でもとくに、動物擁護運動と環境保護運動を「エコテロリズム」なる汚名のもとに迫害するという近年の現象について、批判的見地から考察した稀有な書である。世界各国の実例によって明らかにされる活動家弾圧の実態からは、搾取と抑圧の上に成り立つ現今の社会が市民の管理統制へと向かうさまを窺い知ることができ、慄然とさせられるものがある。

と同時に、本書はその抑え込みの背景に存在する企業や国家の立役者たちを示し、暴力と破壊のネットワーク、動物産業複合体と資源エネルギー産業複合体の全体像に迫ることを特色とする。


(中略)


沖縄における国家テロリズム

現在、活動家弾圧の動きが最も露骨に表われているのが、沖縄の辺野古大浦湾および東村高江での米軍施設開発をめぐる衝突である。沖縄県名護市に位置する辺野古大浦湾では、米軍普天間基地による住民の負担軽減を名目に、5800種以上の海洋生物が暮らす珊瑚礁、および絶滅危惧種ジュゴンの餌場である海草藻場へ、基地移設と称して埋め立て用の大型コンクリートブロックが大量に投じられている。一方、東村高江では、国内最大規模の米軍施設である北部訓練場の縮小と引き換えに米軍ヘリパッドの建設が進められ、ヤンバルクイナやノグチゲラなど数多くの希少種・固有種を含め、4000種以上もの動植物が生きる森林に、径75メートルもの円形伐採地が次々と設けられている。

在日米軍はこれまでにも、強姦や殺人といった凶悪犯罪に奔るのみならず、数々の環境犯罪をも重ねてきた。普天間飛行場の騒音公害は有名であるが、それ以外にも、例えば2003年にキャンプ桑江の一部が返還となった後は、跡地の桑江伊平地区で米軍の廃棄した燃料タンクや送油管による土壌汚染が確認されたほか、「50キロ爆弾、ロケット弾、機銃弾が1カ所で1万発余、さらに重機のキャタピラー等の廃材が……60カ所以上で発見されている」(*1)。2015年には米海軍の強襲揚陸艦が、艦内の医務施設や衣服クリーニング施設から生じた雑排水15万リットル超を、うるま市の海域に投棄した(*2) 。さらに時代をさかのぼると、ベトナム戦争時の1969年には、嘉手納飛行場に隣接する知花弾薬庫が毒ガス漏洩事故を起こし、これに続いて米陸軍は化学兵器のマスタードガスやVXガス、サリンを海洋投棄した(*3) 。以上のような事例を振り返るに、このたびの辺野古基地移設、高江ヘリパッド建設も、建設工事それ自体に加え、建設完了後の軍事活動によってさらに人間生活と自然環境とを汚損・攪乱・破壊することは疑いの余地がなく、真に生命を尊ぶ者はこれに反対するのが当然と考えられる。ところがあろうことか、政府、自衛隊、警察、メディアの論理では、これらの破壊事業に反対する活動家こそが社会の敵と目されるのである。

もともと日本政府は日米同盟のためならばいくらでも国民に負担を課す姿勢であったが、現右翼政権による辺野古問題への対応はとくに悪質卑劣を極め、防衛省が名護市内3区に補助金をバラまいて基地移設の賛否をめぐる民意の分断を図った例にはじまり、埋め立て承認取り消し訴訟に勝利した政府が工事の遅延を理由に沖縄県への損害賠償請求を検討するなどの経緯をみるにつけ、この国では自治も人権も民主主義もが政府中枢の思惑によって容易に葬られることが分かる。防衛省は「仮想敵国」中国から抽象概念としての「国」を守ろうとする空虚な闘志は燃やしていても、現実の国土である辺野古の海を守ろうという愛国心は持ち合わせていないらしく、計236個にもなるコンクリートブロックの投入を沖縄防衛局みずからが買って出ている。同防衛局はさらに、活動家の座り込みを防止すべく、抗議運動が行なわれる米軍キャンプ・シュワブのゲート前にギザギザ型の鉄板を敷き詰めるという策をも弄した。また、洋上に目を向けると、海の安全・治安を守るはずの海上保安庁が、平和的活動家の乗る抗議ボートに立ち退きを命じるばかりか、ボートを追い回し、転覆させ、乗組員を脅迫・拘束し、海に突き落としている。

一方の高江では警察の機動隊が公権力にものを言わせ、活動家を威圧・恫喝しつつ、殴る、蹴る、首を絞める、さらには警察車両でひき逃げするなどの暴行を加え、業務妨害その他の言いがかりをつけて逮捕・拘束する(*4 / 機動隊は辺野古でも好き放題の暴力を振るっている)。これは警察機構の仕事が正義への奉仕ではないことの証明といってよい。ストーカー被害の一つもまともに防げない(防ごうとしない)警察が、市民活動の抑え込みにはこれ以上ないほどの勤勉さを発揮する。犯罪を取り締まるべき警察が国家犯罪に加担する。すなわち本書が述べる通り、警察は「自身を戦士とみなし、社会を戦場、市民を敵とみる」。脅迫まがいの尋問や自白の強要、外国人に対する執拗な職務質問といった「日常業務」から、沖縄での奔放な暴力行為にいたるまで、警察は市民を守ることよりも市民を傷つけ抑え込むことに特化している。その攻撃的性格が、警察機構内に存在する組織的差別感情と混ざり合って、かの大阪府警機動隊員による「土人」「シナ人」発言を生んだ。

ニュースサイト「LITERA」によると、警察は外部から入手不可の専門雑誌『月刊BAN』を通して隊員内に極右の差別思想を吹き込んでいる。同誌の執筆陣には方々で沖縄への誹謗中傷を繰り返し「基地反対派に "デマ攻撃" を仕掛けてきた」元海上自衛官の恵隆之介をはじめ、歴史修正主義者の百田尚樹、渡部昇一、西尾幹二、さらには「在日特権を許さない市民の会」会員で「NPO外国人犯罪追放運動」顧問を務めるヒトラー崇拝者のネオナチ右翼、瀬戸弘幸らが名を連ね、こうした論客の洗脳によって、「警察官に市民運動やマイノリティの団体、在日外国人などを『社会の敵』とみなす教育が徹底的に行われる」 (*5)。辺野古の基地移設反対運動、高江のヘリパッド建設反対運動は、極右勢力の推進する軍事開発から貴重な自然と沖縄の人々の人権を守る市民運動であり、それにもかかわらず、ではなく、そうであるからこそ、警察の容赦ない弾圧にさらされるのである。


偏向報道と悪徳の笑い

特定秘密保護法を設けるまでもなく、メディアは伝えられる真実をも伝えない方針で一貫している。営利事業としての性格、後援企業の意向、あるいは真剣な報道よりも気晴らしの娯楽を求める視聴者側の期待のせいもあろうが、全国放送を持つ大手テレビ局は、面白半分に政治家の不祥事を取り沙汰することはあっても、沖縄問題を批判的に検証した番組を放送することはない。(中略)NHKは総理大臣が経営委員を任命するというそのシステム上、体制批判を行なう点で致命的な欠陥を抱えているのは当然であって、事実、沖縄で政府の横暴に抵抗する活動家たちの姿が同局の番組に現われることはない。

そうした風潮の中、沖縄問題を真正面から取り上げているのが、差別感情を剝き出しにした地域放送である。例えば大阪で放送される読売テレビの『そこまで言って委員会NP』は、元海上自衛官の恵隆之介などを登場させ、「反基地運動……には巧みに北京、あるいは平壌、ソウルの左巻きたちが入ってきている」といった民族差別にもとづくデマを喋らせることで、視聴者を沖縄憎悪の思想に染め上げている(*6) 。同様の趣旨で、DHCシアターの制作になる東京MXの『ニュース女子』も、高江ヘリパッド建設反対運動に対するバッシングを展開した。同番組は活動家弾圧に用いられる「テロリズム」論の好見本として注目に値する。その2017年1月2日放送回では、自称・軍事ジャーナリストの井上和彦による取材芝居を通し、ヘリパッド反対運動を「過激デモ」、その参加者を「定年過ぎた人たちばかり」「逮捕されても生活の影響もない65~75歳を集めた集団」「武闘派集団『シルバー部隊』」そして「テロリスト」と紹介する。番組は反対運動の背景を一切説明しないまま、活動家たちが「後先考えずに犯罪行為を繰り返す」のはなぜかと問い、陰謀論へと話題を移す。いわく、抗議の裏には活動家に「日当」を支給する外国人組織があるらしく、「韓国人はいるわ、中国人はいるわ」で「なんでこんな奴らが反対運動やっているんだと……地元の人は怒り心頭」であるという。(中略) 放送局の東京MXは「議論の一環」として同番組を放送したそうだが、その内容は右の通り、地域差別・民族差別・年齢差別にもとづく無根拠な政治宣伝に過ぎなかった(さらに『ニュース女子』は、無知を演じる女性タレントに知識人を騙る男性解説者が教えを垂れるという構図をつくる点で性差別的でもある)。

『そこまで言って委員会NP』にも『ニュース女子』にも共通するのは、これらの愚弄が終始、笑いの渦に包まれながら口にされることである。『ニュース女子』の中で中傷された「のりこえねっと」共同代表の辛淑玉氏が言うように、「ヘイトデモをする人たちは、いつも笑っている。笑いながら憎悪の扇動をする」(*7) 。こうした「悪徳の笑い」について、フランクフルト学派の議論にもとづき鋭い洞察を示したのは、批判的動物研究に携わるジッポラ・ワイスバーグ氏だった。

和解の笑いは「権力からの脱出を表わす響きに発する」。それは支配への抵抗と自由の笑いである。他方、悪徳の笑いは強圧的権力への隷従に発する。それは抑圧者の口から漏れ出で、犠牲者、すなわち最も手頃な嘲りの対象である弱者へと向けられる。この笑いが「悪徳」であるのは、それが被抑圧者を解放するのではなしに侮辱するからである。それが悪魔的であるのは、「何も笑うべきものがないところに笑いが生じる」からであり、他者への倫理的責任を前にして笑いを響かせるからである。 (*8)

悪徳の笑いは支配者の自己確認、あるいは罪悪感からの逃避願望に由来する、というワイスバーグ氏の分析は説得力がある (*9)。「ファシスト国家でも、絶滅収容所でも、拷問部屋でも、それに動物実験室、工場式畜産場、繁殖施設、その他でも」、さらには沖縄を罵倒するテレビスタジオでも、まさに、犠牲者の現実を直視した時に感じるであろう良心の呵責への恐怖こそが、笑えないものを笑う倒錯を生み出す。そして笑いによって自己の内なる良心を殺し続けるかぎり、人はいかなる暴力をも是認する。ナチス・ドイツは徹底的にユダヤ人を笑いものにした。現代日本は徹底的に活動家を笑いものにする。本来、言論の自由や報道の自由は、権力への抵抗を可能とするための概念であったが、現在のそれはむしろ権力におもねって反対勢力を抑圧するための道具になり下がった。軍国化と大衆操作に明け暮れる安倍政権がもとよりナチス的であることは言うまでもないが、どうやら日本は民間レベルでも全体主義の気風に覆われてしまったようである。


(続く)


参考資料

*1 照屋一博「北谷:基地跡地の環境汚染」沖縄大学地域研究所〈「復帰」40年、琉球列島の環境問題と持続可能性〉共同研究班編『琉球列島の環境問題――「復帰」40年・持続可能なシマ社会へ』高文研、2012年、101頁。

*2 沖縄タイムス+プラス「米軍艦、海に汚水15万リットル捨てる 2015年 トイレ・医務室からか」http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/80119(2017年3月3日アクセス)。

*3 琉球朝日放送「新たな証言 米軍が海に化学兵器を投棄か」http://www.qab.co.jp/news/2013072945108.html(2017年3月3日アクセス)。

*4 志葉玲「安倍政権の『沖縄潰し』本土マスコミが伝えない機動隊の暴力―高江ヘリパッド建設問題」https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20160723-00060291/(2017年3月8日アクセス)。

*5 LITERA「『土人』発言の背景…警官に極右ヘイト思想を教育する警察専用雑誌が! ヘイトデモ指導者まで起用し差別扇動」http://lite-ra.com/2016/10/post-2648.html(2017年3月9日アクセス)。

*6 LITERA「松井知事『土人」発言擁護と同根!『そこまで言って委員会』など大阪のテレビの聞くに堪えない沖縄ヘイト」http://lite-ra.com/2016/10/post-2638.html(2017年3月9日アクセス)。

*7 「辛淑玉 on Twitter」https://twitter.com/shinsugok/status/820217505385852928(2017年3月10日アクセス)。

*8 Zipporah Weisberg, "Animal Repression: Speciesism as Pathology" in John Sanbonmatsu ed., Critical Theory and Animal Liberation, Rowman & Littlefield, 2011, p.188.

*9 Zipporah Weisberg, "The Broken Promises of Monsters: Haraway, Animals, and the Humanist Legacy," Journal for Critical Animal Studies, vol. 7, no. 2 (2009), p.57.


※ 抜粋ではルビを省略し、漢数字をアラビア数字に変換。


ペンと非暴力

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