【書籍紹介】『未来への負債』『21世紀の自然哲学へ』

人文書院の松岡隆浩様より、キルステン・マイヤー著/御子柴善之監訳『未来への負債――世代間倫理の哲学』ならびに近藤和敬、檜垣立哉編『21世紀の自然哲学へ』をご恵贈いただきました。いずれも今後の時代における倫理を探究するうえで有益な視点をもたらしてくれる文献です。


『未来への負債』は、環境倫理学における大テーマの一つ、「世代間倫理」を扱った新しい著作です。功利主義(帰結主義)と義務論(権利哲学)の立場を総観し、未来世代の権利とその根拠を検討したうえで実践的提言にまでおよぶ手堅い構成です。一昔前の環境倫理学テキストでは、世代間倫理の扱いがいまひとつという印象を受けますが、本書は気候変動問題が深刻化した今日の文脈もあり、非常に質の高い議論を行なっています。

特に注目されるのは、筆者が環境問題の根源を世界人口の増加ではなく、先進工業国の過剰な資源消費に見出している点です。これは公正な環境政策を図るために重要な視点ですが、この分野の議論ではしばしば見落とされています。本書と併せ、Werner Boote制作のドキュメンタリー「Population Boom」(*1)も参照されると、問題の構造がさらに理解できます。また、ジオエンジニアリングに関する 慎重な検討、および世代間倫理の実践として肉食の削減を具体策として提言している点も、従来の類書から一線を画す特徴といえるでしょう。 この分野に関する最初の一冊としても強く推奨できます。


『21世紀の自然哲学へ』は、人間と他存在、社会と自然の二元論を超えるポストヒューマニズム的な存在論を探究する論集です。ドゥルーズを中心に、ベルクソンからシェリング、ラトゥールからアナ・ツィンまで、多様な思想家たちの理論が交錯する刺激的な内容で、「人間以上」の存在をめぐる思索の友となるでしょう。

動物倫理学を守備領域としている身としては、それまで食用として知られていたキノコが、食中毒事件をきっかけに「毒キノコになった」という話(山崎論文)を読んで、アメリカザリガニが「有害生物になった」という話にも通じるように思いました。

大気の自然哲学(古村論文)は、Rune Flikkeによる「大気の飼い馴らし」に関する議論(*2)とも絡めてみたいテーマです。無生物の主体性や倫理に関わるという点では、有機物に無生物を含め、その知覚世界を考える試み(米田論文)も興味を惹かれました。特に、その知覚世界を各存在の「可能的作用のレパートリー」と捉える点で、この議論もやはりラトゥールやベネットの議論と相互補完的であるように思われます。

ドゥルーズの自然哲学、特に『襞』で示された「俯瞰」の思想――人間の主観性や観点を脱して現前を捉えること――は、『千のプラトー』や『フランシス・ベーコン』で展開された「動物になる」の議論とつなげつつ、さらに考えてみたいところです。

人間を中心とする枠組みを超え、生命と自然の理解に様々な角度から問題を投げかける本書は、今後の倫理・存在論研究に厚みを加える一冊となるに違いありません。


*1 Werner Boote, Population Boom, Nikolaus Geyrhalter Filmproduktion, https://www.geyrhalterfilm.com/en/population_boom

なお、同作はNHK BSの「BS世界のドキュメンタリー」シリーズで、 「地球を食い尽くすのは誰?“人口爆発”の真実」というタイトルで邦訳放送された。

*2 Rune Flikke, “Domestication of Air, Scent, and Disease,” in Domestication Gone Wild: Politics and Practices of Multispeices Relationship. pp. 176-195, 2018.

ペンと非暴力

翻訳家・井上太一のホームページ

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